ヒらり、ユらり、フわり

一人の男の物語です。

Act 0 ~プロローグ~

ー2022年3月下旬ー



都内某所の河川敷には桜が咲き乱れていた。
お花見客で賑わうその中に、彼らは手を繋ぎなから歩いていた。


女「凄い人だね~」


人混みを掻き分けながら彼女が言う。


男「本当だねぇ。去年もその前もみんなガマンしてたんだろうし、今年はもうガマンできないよね」


女「だよね~、やっぱり春は桜を見ておきたいもん。私たちもこうやってお出かけするの、本当に久々だし」



マスク越しでも嬉しそうな笑顔を浮かべている女性。

彼女の言葉に、笑顔でうなずいて返す。




桜並木から少し離れ、人混みから抜けた辺りで立ち止まる。


爽やかな春らしい陽気に充てられながら、桜並木を見つめている。




女「綺麗.......見に来れて本当に良かった」



男「本当だね。後は、マスクしないで見に来れたら言うことなしだね」



女「もう少しの辛抱!って思って生活するのも、そろそろ限界かも」


ぐったりとした表情を作って彼女は言った。




男「マスクをしないで生活してたことが、なんだかもう遠い昔に感じるよ」



女「本当だね。でも、最初に会った時のことは今でもしっかり覚えてるよ。ちょうど今みたいな、お花見のシーズンだったよね」


懐かしさと、どこか哀愁の漂う表情で彼女が言った。



男「あれからもう14年か.....なんか、全然実感ないなぁ。多分、中身があの頃のままで成長してないからだろうけど」


苦笑いしながら男は答える。




女「京ちゃんはとっても成長したよ、ずっと見てきた私が言うんだから間違いない」


おどけた口調だが、強さも合わせて彼女は答えた。




男「そうかなぁ.....少しはまともな男になれたのかな」


自信なく答える。



風に乗って、桜の花びらが宙に舞う。
春の日射しは暖かいが、時折強く吹く風はまだどこか冷たい。



女「京ちゃんは京ちゃんだよ。
変わったところも、変わらないところも、全部含めて今の京ちゃんが好き」



少し気恥ずかしそうな顔で彼女は言った。

















ー-------------------------------------------------------------


ー2007年12月下旬ー



都内某所


しとしとと冷たい小雨が降っている。
夜も7時を過ぎ、冬の寒さが雨と共に街を冷やしていく。


そんな厳しい寒さも届かない居酒屋の中で。
むさ苦しい男2人の、寂しい忘年会が始まろうとしていた。



伴「そんじゃ、ちょいと早いけど今年もお疲れさんでした」

(大山 伴 22歳 大学4年生)


ガッチリとした体格の男が、ビールの入ったジョッキを持って言う。



京一「お疲れ様。また来年もよろしく」

(藤村 京一 22歳 大学3年生)


少しツンツンとした髪型の男が、同じくジョッキを持って乾杯に応える。



ゴクゴクと一気に流し込み、喉を通る刺激に快感を感じる2人。


伴「お姉さん!生2つお願いします!」


京一「頼むから飲みすぎて潰れないでくれよ?
雨の中、でかいお前を引きずって帰るのは無理だからな?」


伴「本当に真面目だなぁ京一は。
年末のお楽しみ、忘年会なんだからパーっと楽しく飲もうぜ!」


京一「相も変わらず男だけでってのが悲しすぎるけどね」


2杯目のビールが届き、グビグビと半分程飲む伴。



伴「真面目な上に酒に強すぎるんだよ、京一は。
お酒飲んでも気持ちよく酔えないなんて......かわいそう」



両手を乙女のように組み、哀れみの目で言う。


京一「俺の唯一の取り柄を、気持ち悪いポーズ付きで貶すのはやめてくれます?」





2人は小学校1年からの幼馴染である。

1浪して大学に入った京一は、来年で最後の大学生活になる。
伴はまもなく卒業を迎えるが、就職活動の結果が芳しくなく、就職浪人をすることになりそうな状態であった。




伴「で、もうすぐクリスマスだが、何か予定はあるのかな、京一くん?」


京一「そりゃあ.......もちろんありますとも」


伴「見栄なんか張っても悲しくなるだけだぞ?お前も俺と同じく、家で1人シコシコとホワイトクリスマスするんだろ?」




京一「いや、本当にあるんだが。


夕方からラストまでのバイトが」



伴「......................もうちょい見栄張ってくれよ」



京一「今更見栄張ったってどうしようもないでしょうが。
今まで女の子と過ごすどころか、ずっとぼっちのクリスマスしか過ごしてないわけだし。
仕事でもしてたほうがずっと気が紛れていいよ」


伴「そりゃそうだけどさぁ.....
はぁぁ.....まさか彼女の〈か〉の字もないまま、全ての学生生活が終わってしまうとは.....」



京一「お互いヘタレの極みで、何にもアクション起こしてこなかったんだから、当然の結果じゃんよ。俺はタイミング悪くてサークルにも入れなかったけど、伴はサークルやめたりしなければ何かしら出会いがあったかもじゃない?」



伴「今更悔やんでも後の祭り.....」




2人共、彼女いない歴=年齢であり、告白をしたこともされたことも当然のようにない。
余談ではあるが、伴は素人童貞であり、京一は真性の童貞である。



年を忘れて楽しく飲むはずの忘年会は、開始30分にして人生を反省する「懺悔会」へと変わっていた。



悪いお酒がどんどん進んでいく2人。
しっかりと酔いが回っていく伴。
顔色もテンションも変わらず、淡々と飲み続ける京一。


気付けば開始から2時間程が経とうとしていた。



伴「..........京一よぅ」


京一「ん?」


伴「本当にもう.....大丈夫なのか?」


京一「ん.........まあ、大丈夫だよ。
お前のお陰でなんとか立ち直れた、本当にありがとうな」


伴「そうか........それならよかったわ」


京一「思い出さないと言ったら嘘になるけど、いつまでも後ろを向いてちゃダメだもんな」


苦笑いとも照れ笑いとも言えない顔で答える。



伴「そうだな。人生前向きに!!
そうだ、良い機会だからさ、京一もなんか体動かす事でも始めてみたらどうよ」



京一「体動かすって言っても、俺何にもスポーツ経験ないし...」



伴「俺と一緒に柔道やるかぁ??」



京一「それは遠慮しとくよ、痛いのは怖い」



伴「投げた時の快感もいいんだけどなー。うーん........
あ、京一さ、ミュージカルとか見るの好きなんだろ?
じゃあダンススクールでも行ってみりゃいいじゃん」



京一「それは何回か考えた事はあるけど......出来るもんかな、俺なんかに」



考える仕草をしながら答える京一。




伴「ZZZZZZzzzzzz............」



京一「このタイミングで寝るんかい」






伴が酔い潰れた事により、2人の忘年会は幕を下ろした。




京一(ダンススクールか.....ちょっと本気で探してみようかな)




伴を送り届けた帰り道、ふとそんなことを思う。



雨はすっかり上がっていた。





ー-------------------------------------------------------------




ー2007年 クリスマスイブー




祝日のイブということもあり、街はたくさんの家族連れやカップルで賑わっている。


夕食時ということもあり、ケーキやプレゼントの箱を持って歩く人々の姿が多く見える。



例え独り身であっても、この幸せが溢れる空気が好きな男もいる。


その男、京一が働くバイト先の〈BLUE LEAF〉の店内も、イブの恩恵を受けて非常に賑わっていた。



雷蔵「京いっちゃん!5番さん上がったよー!」

(市川 雷蔵 38歳 BLUE LEAF 料理長)


京一「はーい!今行きます!」



渋い顔、いわゆるダンディな料理長、雷蔵が京一を呼ぶ。
クリスマスらしく、チキンを使った料理が仕上がっている。



京一「お待たせ致しました、素敵なクリスマスを」


慣れた手つきで食事と飲み物を配膳し、気の利いた一言を残していく。
ヘタレな22歳童貞も、仕事に関しては接客を卒なくこなせる。



高校1年の頃にアルバイトとして入り、気付けばその歴は6年目を迎えている。
京一が入った頃にいた先輩達は、就職などの理由でほとんどいなくなってしまった為、
今では彼もこの店の古株である。




由佳「けーくん、2番に白ワインのデキャンタとグラス2つお願いしてもいいかな?」

(鈴木 由佳 28歳 BLUE LEAF 社員)



京一「了解です、ついでに1番も対応してきますね」



由佳「ありがと~!さすが私の弟~頼りになるぅ」



ショートのやや明るめの茶髪、薄いピンクフレームの眼鏡をかけた女性が、
体をくねらせながら京一を褒める。



京一「それぐらい、いつもやってるじゃないですか」



苦笑いしながら言い捨て、仕事へ取り掛かる京一。
パパっとオーダーを取り揃え、必要な仕事をテキパキとこなしていく。



由佳「けーくんありがと~、もうちょいで落ち着きそうだね」


京一「そうですね、今日はコースのお客さんがほとんどですし、メインもほぼ提供終わりましたしね」


由佳「とりあえず一段落だね。今日若い子達がみんなお休みだからどうなることかと思ったけど、けーくんが入っててくれて本当に良かったよ」



京一「クリスマスイブですし、みんな予定が立て込んでるんですよ、きっと」



由佳「けーくんは?
仕事終わってからとか、明日とか」



京一「帰ったら寝ますし、明日も今日と同じ時間で仕事しますよ」


ニコリと笑って答える。



由佳「けーくん.........なんでかなぁ........」



腑に落ちないといった表情で京一を見つめる由佳。



京一「なんでって......なんですか?」


「すいませーん」


京一「はーい、ただいま伺います!」




客に呼ばれ由佳の元を離れる京一。
由佳は納得いかない表情のまま見送った。




この後は再び仕事に追われ始め、ようやく落ち着いてきたのは0時を過ぎた辺りだった。



店内の客もまばらになり、ピーク時とは打って変わってまったりとした空気が店内に流れている。


BGMとして流れているクリスマスソングが、
そんな空気を作り出していたのかもしれない。






璃子「さて、今夜はこれで終いかねぇ」

(橘 璃子 38歳 BLUE LEAF オーナー)



由佳「てっぺん過ぎたし、イブですし。
さすがに今夜はここまででしょうねぇ」


璃子「んじゃまぁ、お客さんの様子見ながら、ボチボチ片付け始めちゃっていいわよ。早く帰れたほうがいいでしょ?」


由佳「ウチは別に大丈夫ですよ~、旦那も今日は遅くまで仕事ですし」


璃子「そうなの?祝日のイブなのに、夫婦揃って仕事とはねぇ」


由佳「クリスマスだ祝日だって言っても、年末ですからね~、何かと忙しくなるのは仕方ないですよ」


璃子「まあ何にせよ、早く帰れるのに越したことはないでしょ」


由佳「そりゃあまぁそうですけど」


はにかみながら由佳が答える。




由佳「店長は今年も良い人見つからなかったんですか?」


璃子「いたら今日仕事来てないわね」


由佳「店長、黙ってればモテそうなのに」ボソリ


璃子「ん?何か言ったか?」


由佳「いえなにも!」




オーナー兼店長である璃子は独身である。25歳の時に開業し、BLUE LEAFを含む3店舗を経営している。


料理長の雷蔵とは中学からの同級生で、他の店舗の店長達も同窓生であり、共同経営という形で立ち上げたのであった。




璃子「京一~、キリの良いとこで片付け始めちゃっていいよ。もうこれ以上は客足伸びないだろうしさ」


京一「あ、はい、了解です」





璃子の読み通り、新規のお客が来ることはなく、定刻を迎える前に店は閉店を迎えた。



璃子雷蔵は明日の仕込みや客の人数に関しての打ち合わせ......という名のプチお疲れ会をすでに始めている。




由佳「けーくんお疲れ~!店長が好きなもの飲んでいいってさ。生で良いよね?」



京一「すいません、ありがとうございます」





由佳からビールの入ったジョッキを受け取る。


レストランでもありながら、色々なお酒も楽しめるこの店では、お客さんのおごりで店員もご馳走になることもある。



京一はすっかり出来上がった常連さんに5杯程強めのカクテルを頂いていたが、全く持って平常運転であった。



由佳「それじゃーメリークリスマース!」


京一「お疲れ様です」



グイっとビールを流し込む2人。
由佳はそれほど強くはないが、立直りが早い。



しばし、互いに老を労いながら、仕事後の一杯を堪能する2人。

厨房では、雷蔵とその弟子が明日の為の仕込みにバタバタと動いていた。


2杯目を飲み終わろうかと言う頃、
由佳はストレートにこんな質問をする。





由佳「けーくんさぁ、なんで彼女作んないの?」



京一「なんでって言われても.....単にモテないだけというか。そもそも、女の子の友達もほとんどいないですし、出会っても自分から話しかける勇気もないですし.....」



由佳「もったいない.....もったいなさすぎるよ!」


両手をグーにして宙で振り下ろしながら言う。



京一「いやいや、もったいないも何も、モテるような顔でも性格でもないですし。
こんなヘタレ男には彼女なんてとてもとても.....」



言ってる事が理解できないと言わんばかりの自信のない顔で答える。



璃子「盛り上がってるとこ悪いが、そろそろ帰るぞ~」



京一「あ、すいません」



由佳「むぅぅぅ....」


言いたいことがまだあるのにという顔が隠せない由佳だったが、諦めて引き下がり帰り支度をすることにした。






璃子「んじゃ、お疲れさん。明日もよろしく~みんな気をつけて帰るのよ」


京一「お疲れ様でした」


由佳「お疲れでーす」


雷蔵「良いクリスマスを~」








時刻はすでに深夜1時を過ぎようとしている。


世の中のカップル達にとっては、1年のうちで最も濃密で熱い時間を過ごしているかもしれない時間帯だが、京一にとってはいつものルーティンと何ら変わらない1日として終わってしまうのであった。




京一(今年も何もないクリスマス。
来年も、その先もずっと先も、俺は1人のクリスマスイヴを過ごしてるんだろうなぁ)






厳しい寒さの帰り道。



本当は1人が寂しくて仕方がない。
出来るものなら、誰か大切な人の温もりを感じながら、クリスマスを過ごしてみたい。


だけど、それを思ったり口にしてしまえば、
通常の自分が保てなくなる。



仕事をすることだって大事な事なんだ、と。


世の中には働いて過ごしてる人がいっぱいいるのだ、と。


自分には関係のない事なのだ、と。


自分が働くことで誰かが幸せを感じてくれればいいのだ、と。




毎年そうやって自分に言い聞かせてごまかして生きてきた。


そうやって納得したフリをしなければ、
自分の不甲斐なさ、情けなさに押し潰されてしまいそうになるから。



いつか、何かの間違いで彼女が出来て、
幸せなクリスマスを過ごしている自分を密かに妄想しながら、京一の聖夜は過ぎていったのだった。